ヒマラヤ登山日記5(最終回)

ヒマラヤ日記、その4からの続き。

2017.03.17

無念のアイランドピークより下山し、戻ったベースキャンプは、これまでの世界とは真逆の、ウソのような平和な世界で、寝袋に身を投げ入れてトータル10時間くらい眠りこけてしまいました。それほど疲れと緊張が蓄積されていたからでしょうか。さすがに6000m付近から下山した後は、薬なんて不要で、高所順応もできており、元気そのもの。食欲も回復、ピンピン元気でした。

やはり、ヒマラヤの洗礼を受けたとはこのことです。日本の登山では、せいぜい長くても3日間山にこもった程度の経験しかない私が、この長い、不便すぎるキャラバン生活を経て、そしてベースキャンプから本番、というかつてない疲労と緊張を伴った遠征をしたことは、意義あるものでした。眠りこけた後は、後ろ髪をひかれる思いで、ベースキャンプを後に、下山します。

2017.03.18

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気を取り直して下山し、美しすぎる村、Khumjung(クムジュン)へ。エベレスト初登頂を果たした、かのエドモント ヒラリーが設立した学校がある村を訪問、滞在します。今までのようなエベレスト街道をにぎわせるトレッカーもいなく、村は平和で静寂に包まれていました。世界には、こんなにも平和な秘境があるのだと胸が打たれます。村人は畑でジャガイモを育て、隣町のナムチェまでヤクで運び売るみたい。まさに晴耕雨読の日々ですね。

世界には、私の知らない場所や人々がたくさんいたのでした。この日は我々だけが宿泊するタシフレンドシップロッジへ。道中、何度となく登頂できなかった悔やみが押し寄せて失意に苦しんだだけに、文明社会とは隔離されたこのクムジュンが、私にとってはとても居心地が良く、暖かいもので包んでくれるようでした。

写真は、このロッジオーナーの双子の息子くん。ヒラリースクールに通っているそう。彼らのお父さんは、この土地の実業家でもあり、名ガイドでもあって、エベレストにシェルパとして21回も登頂経験があるそうです。

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そして私の顔は、高所(ここも3800mくらいの高所)反応で、見事に顔が風船のように膨張しています。高所反応って不思議ですよね。体は順応できているので、いたって元気そのものなのですが、この顔の膨張はカトマンズに戻るまでずっと続いてました(笑)

217.03.19

ヒラリー卿のメモリアルヒルといわれるビューポイントの丘に登ると、コンデリ山、アマダムラム山、エベレスト、アイランドピークまで一望できました。あの苦しかった非日常を体感したなんて……何だか信じられない気持ちがどっと押し寄せます。

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本来であれば、サンダーピーク約5000mに行きたかったのですが、雪が多く時間もないし断念。ナムチェに降り、サガルマータ国立公園博物館とシェルパミュージアムへ。これが、なかなか興味深いものが多く展示してありました。
さあ、明日はルクラまで一気に下山だ。

2017.03.20

ナムチェからルクラまで、一気に6時間で下山です。15日以上の寝袋生活、長いキャラバンの疲れなどないかのように、これまでで一番元気でした(笑)。けれど、やっぱり登頂できなかった暗澹たる気持ちが幾度となく、悔しとともに込み上げては消えて、失意がまとわりつきました。またヒマラヤには必ず戻ってきたい、そうはいっても仕事があるし、来月から大学院も始まるから1か月の休みなんて絶望……失意のドン底でしたが、サンタマンから、「2週間強で6000m峰に登れる山がアンナプルナ地域にある」と教えてもらい、少しの希望になりました。(高所順応含めるともっと日数かかりそうですが)ともかく、新しい目標ができるなら、私は頑張れる! 少し前向きになりました。

希望、失意、悔しさ、複雑な心境が交差して、油断したら涙がこぼれ落ちそうになっていましたが、簡単に登らせてくれないのも、また登山なんですよね。大自然が相手なら、どうしようもないことだらけ。

2017.03.21以降

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カトマンズに戻りました。これまでの秘境と比較すると、カトマンズの街が大都会に見えて、文明社会に帰還! そんな安堵感も覚えました。十分、ここカトマンズも非日常なのに(笑)。

およそ3週間ぶりに、ホテルで熱いシャワーを浴びてすっきり。生き返った後(笑)に、タメル街に繰り出して、MAP CENTER(ヒマラヤの様々な山の地図が勢ぞろいする、山好き泣かせの店)に寄って、次なる夢の偵察に。そのまま、ずっと食べたかった韓国料理屋さんへ。

「ヒマラヤ登山の後は燃え尽き症候群になるかもよ」と、花谷さんからも言われていた通り、帰国までの日々はとにかく放心状態でした。ここまで非日常の感動を味わった後、果たして自分はあの競争社会の東京に戻って働くことができるのか? 浦島太郎になること間違いないですが、そうはいっても、この複雑な心境をリフレッシュするには十分な時間だと思いました。いまだ、あの高所の凄まじい過酷な世界、けれど美しすぎる大絶景の場に自分がいたなんて、信じられない気持ちでいっぱいです。

今回の初ヒマラヤ。ここまで山好きを吸い寄せて、また戻ってくるよと約束させる、その魅力は何? 私も、必ずまたここへ戻ってきます!!

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(終わり)

カテゴリー:登山のこと